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名古屋の天気予報
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平成22年4月分

非営利斎場「六波羅蜜会堂」の動画です
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カウンター
■ 4/28      絶不調
胃腸風邪を引いたのでしょうか??朝の床の中では既にグィグィと腹痛がするのです。吐き気もあり今日こそ休みたいと思っても朝から予定がありました。布団の中から何時も気に掛けて下さる僧侶の方に少しお手伝いを頂こうとお電話したのですが中々繋がりません。

胃痛・腹痛を押してお参りを済ませお寺に帰って暫し休みました。そこへ朝お電話した僧侶の方より電話がありました。「私でよろしければ午後のお参りをさせて頂きます」との優しい言葉に「お願いをします」とご無理を申しました。お昼を過ぎた頃にまたお電話があり色々と今度の古戦場祭りの打ち合わせをしました。人が良い?のですね、私って。安請け合いに式典進行の司会シナリオの素案を作りましょうか?と不調を忘れて具申してしまった。

お帰りになった後で早速、式典のシナリオを作りメールで送信して少し熱が出てきた事に気が付きました。まぁ、仕方ないですね。お陰でお世話になっている方のテレビ出演をすっかり忘れていました。

お寺には当寺を心配して色々な方がお手伝いを申し出て下さり、色々と甘えております。頑張らなければならないのですが若い頃のようには行きませんね。最近では日々の世間での細事にも知りたくもないので新聞を止めてしまいました。知らなくても読まなくても良い事に注意を引く事よりも、日々の薬を飲み忘れないようにして注意をして健康に注意して少しホッと出来る日を楽しみに穏やかに毎日を過ごしたいです。
■ 4/27      快晴だけど
寒かったり暑かったりの寒暖の差の激しい毎日が続きます。長袖だと暑いし半袖であればスカスカして寒い。着物の調整が難しい時期です。と言う事で少々風邪気味になってきました。

数日前、また高野山へ登山する予定が出来今月はこれで何度目でしょうか?最近何故かしら色々な所用があります。面談の予定があり数珠屋さんの応接間を一時お借りして半時程時間を過ごさせて頂いた。日も暮れ外は雨・・・で高野山へ宿泊する事となりました。お世話頂けるお寺はたくさんあるのですが・・まぁ今回は全く関係無い見ず知らずのお寺へ行こうと思いました。高野山では一番特色のあるそして全宿坊寺院がアッと驚く施設を数年前備えたお寺に一度宿泊してみたかったのです。

知り合いのお店で聞くと「満員かもしれんでー」と言う。こうなったら直接その宿坊寺院へ出かけました。「ハイ、料金はお一人17500円です」と快くご返事が帰ってきた。高野山の中で一般的に17500円という料金は相当な料金のように思えます。「ぇぇぇぇっでも仕方ないか」で通された部屋はとても悲しい部屋でした。私も相当高野山の宿坊へは色々と宿泊していますが「床の間の無い部屋に泊まって17500円はないだろう」と思いましたが両隣も向かいも満室であり、お庭に近いお部屋や本坊のお部屋はガランと空いていました。

まぁこうなったら仕方ないとあきらめてお目当ての施設へ出かけてユッタリとしました。が、「まぁこんなモンでしょうかね?」が正直な感想であった。私の宿泊した旅籠(はたご)の様な部屋の設えの部屋部屋には外国の人が半分くらいおられましたが大変マナーの良い方ばかりで静かに高野山の感触を肌で感じられておられるようでした。一方、朝四時ぐらいから所構わずお喋りしている年配の女性方の声には、違う部屋にいても恥ずかしい気分になりました。

夕食も朝食もお寺の食事はコンなんで?しょうね。一般の旅館だったらな〜とチョコッと高い料金が頭についていました。その事が後でガチンと来る事になりました。部屋で帰りの身支度をしているときでした。シャツもセーターも何か臭うのです。臭うのです。この臭いは・・・そうカメムシの臭いでした。

とうとう頭に来ました。布団は被れば足が出る。夕食は温め直しの臭いのするご飯。茶碗がない。朝も酷い食事に・・・最後がカメムシ騒ぎ。私の今日の予定はチェックアウトしたら車で名古屋まで帰りその足で新幹線で新横浜まで打ち合わせがあり、その帰りは三島でも打ち合わせを終えて夕刻に名古屋へ帰る予定。その一日中が、カメムシの臭いを嗅ぎながら過ごさなくてはならない身に、一言言わざる得ない心境となり女性スタッフに一言言いました。

「この臭い分かりますか?カメムシの臭いですよ・・・」 「すいません、ここのお寺は掃除して雑巾を一回掛けると2〜3匹のカメムシがいるんです」「・・・・」何を言ってもダメな気分になりました。他の高野山の宿坊は寺生徒か役僧さんがお見えでありそれとなく気分が伝わりますが・・・あのお寺は何処かの旅館業者へ全部を丸投げしているように思えてなりませんでしたね。宿坊も色々でした。

帰宅後、件の宿坊の事について色々と宿泊紹介サイトの口コミを見ると驚くような内容ばかりでした。全て正反対の事ばかりで驚かされました。やはり宿泊紹介サイトからの申し込みは口コミが怖いのでチャンとした対応を為し、お部屋も宿坊らしく良い部屋が回るように思えました。今度泊まるときは宿泊紹介サイトから申し込むつもりですが・・・カメムシ騒動でもう二度と宿泊はしたくないです。
■ 4/15 晴/寒      ブラジルの樹木医?さん
当寺には「たぶ」と言う木があります。明治39年皇太子殿下を(後の大正天皇)を仰いで陸軍大演習がなされました。その折、陸軍大将「奥保(おくたもつ)」と言う方が記念に植えられた大木があります。下記の写真に大きく映っている大木の事です。


今日午後、寺務所に帰り寺務をしていたら境内受付の方が「住職、さっき外人の方が来られてタブの枯れ枝を切らないと幹まで腐りが入り枯れると指摘をされていましたよ」と突然のお話をされました。「外人?さっき来られていた方かな?何も私には言っていなかったのですが・・」と返事をして早速指摘されたタブノキの枯れた部分を見に行きました。

「あそこの事かな?」「そうでしょうね」とやり取りをしているとそこへ件の外人さんが来られた。側に来て頂き色々と教えて貰いました。「どちらから来られたのですか」と尋ねると「ブラジルです」とご返事をされました。早速、環境班の方に切除をお願いしてすぐに切り落としたところ幹の内部はスポンジのようであり全く水分を吸い上げている様子は確認できませんでした。環境班の人と先ほどのお話をして「早速切って良かった」と顔をお互い眺めながら親切なブラジルの方のお話をしました。

後は、切除した樹木の面に消毒と保護の薬剤を塗ってますますの成長を願うばかりです。大変立派な木であり将来にわたり大切にしていこうと思います。名前も存じませんがブラジルのご親切な方へ・・本当にありがとうございました。タブノキに替わりお礼を申し上げます。

■ 4/12      専修学院
高野山専修学院「寶壽院」というお寺の入寺式に列席をさせて頂いた。高野山へ参詣の折はお寺の前を通るのですが・・若かりし頃に初めてお寺の門をくぐったそのお寺へ自分の息子が入寺した機会に懐かしくお世話になった施設を巡らせて頂いた。本堂に入れば昔と同じ香りが漂い38年も前の事を思い出さずにはいられなかった。本当に感激と共に思わず『ありがとうございました』と言葉が出ました。

今日は息子の入寺式に臨み亡父の思いに馳せ感謝と自分の至らなさを多くの人達が補い見守って下さって今日がある事を思うとなおさらこのお寺『寶壽院』への思いが感謝一言になって自分に返ってきます。ここでの友人達は一生の友人となり未だに毎年お会いしては旧交を温めています。本日愚息の入寺に際し熱い思いが去来し立派な僧侶となる事を願うばかりでした。
上段の間 横の庭
虎の間が父兄控え室 懐かしい「虎の間」
入寺式
合掌は指と指を交える金剛合掌
中西門主への誓いの言葉(私達の声明の先生であった)
今は亡き 亀井 門主 
■ 4/9      専修学院
昨日は高野山専修学院「寶壽院」というお寺に出掛けてきました。ここのお寺は高野山真言宗総本山金剛峰寺が運営するお寺で真言宗僧侶の必須修養を完成させる道場として以前は修道院、現在は専修学院として呼ばれて私はここの30期生で、息子は何期生か存じませんが今回、許されてその門下をくぐる事となりました。

早朝、お世話になっているお寺や知友としてご厚誼を得ている各方面へ挨拶回りをさせて頂いた。当寺へ多くの御役僧さんをお世話頂いた桜池院さんを訪ねさせて頂いた。ご住職は私の同郷の方であるが名古屋へお出向きの由で奥様がお出まし頂き、長男家内共々ご挨拶を頂きました。次に専修学院受験時に色々とご面倒をお掛けした西禅院さんへ伺うと「先回お宅の檀家さんがお泊まり下さってありがとうございました」と返ってお礼を頂いた。次に今回息子がお世話になる専修学院監事さんのお寺「常喜院」さんへお邪魔したしました。ご住職がわざわざお出ましになられて恐縮至極であり色々と息子のこれからをお頼みいたしました。次に総本山金剛峰寺で管長猊下の随行をされ以前当寺におられた方へも電話すると、本山にて快くお会い下さった。

つい先頃までお寺のご助法を下さった無量光院さんお弟子さんを訪ねるとお寺から飛んで出てきて奥様ともども「困った事やお手伝いする事があれば連絡下さい」と心強い言葉を頂いた。その後如意輪寺さんへ伺うと住職様は「常喜院さんとはお話が出来ているので安心して下さいね」と涙が出るような言葉を頂きました熊谷寺さんでもご住職にお会いでき同郷のご縁を頂き挨拶を終えた。高野山出版社、石橋法衣店さん、数珠屋四郎兵衛さん、みっちーさんと回らさせて頂きました。

そして当寺の大変お世話になっている、そして故有って最近ご無沙汰を重ね重ねしている金剛三昧院さんへ伺いました。実はご無礼も過ぎる程にご無礼をしていたにも関わらずご住職様をお呼びすると何時に変わらぬ笑顔と気遣って下さる言葉使いで私どもをお励まし下さり胸一杯の思いで金剛三昧院さんを失礼しました。実はここ金剛三昧院さん当寺先代は10年以上修行を積み現在の高徳院の後継に指名された切っても切れぬ、法縁深いお寺であり高野山の中で唯一、ユネスコ世界遺産に指定されたお寺でもあります。

その後、専修学院「寶壽院」へ向かい入寮の準備や諸事万端を整えて暫し長男と一時の昼食を終えて高野山を後にしました。これから修行と言う未知のそして今までとは全く違う世界で奮闘して、自分の補うべきを補い、至らぬ所を教えて頂き、自分の考えを一型の枠に押し込めて身動きを拘束して自分を見つめ直して、最後まで頑張ってもらい、健康を祈り振り向くことなくお山を後にしました。