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名古屋の天気予報
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平成24年7月分

非営利斎場「六波羅蜜会堂」の動画です
 ご覧下さい

カウンター
■7/28       暑いの一言                  
大祭が終わりお寺の普段の装いとなりました。暑さは例年以上に感じられ閉口しております。お盆のお参りのご案内を昨日出させて頂き、お寺の中はガラリとお盆応対に雰囲気が変わりました。瑜祇塔の工事はこれから意匠の組み物工事が始まるので、建設の方も大変かと思います。毎日、屋根の上や足場の上で施行されている職人さんを眺めると本当に大変だな、と思っています。今日、久し振りに撮影した工事現場の様子をアップしますのでご覧下さい。
一枚一枚 コツコツと左右一文字なるように張り合わされた屋根材
下の四角い鉄板の上に5.4mの九輪が4本 中央には7.4の九輪が8月23日に載ります
塔上部 亀腹 の上の欄干が取り付けられました
■7/27       キュウリ加持祈祷会 当日 猛暑日でした                  
キュウリ加持祈祷会受付を迎えました。多くのお世話人さんとや手伝いの方65名で無事に終えることが出来ました。当日は暑く私も朝から大変でしたが恒例となっている行事、昔からお参りに来て下さっている方達から「今年も元気な住職の顔が見えた」とお世辞にも言ってもらえると暑さも、疲れも吹っ飛びました。『今年で結婚54年、高徳院さんのお陰でここまで来ました』と言われるご夫婦もおられました。『そうですか、私4歳の時からお参りに来て下さっているのですね』と感謝のご挨拶をさせて頂きました。色々と僧侶の方も力を貸して下さるので私も少しは楽をさせて頂きました。お世話人さん方へも感謝の言葉もありませんが、一生懸命に私の出来る事をする事が、私のご恩返しと思っていますので健康に気をつけてこれからも頑張ります。当時の様子です。
特別祈祷の護摩供養
30分ごとの御祈祷
きゅうりに名前と歳を書きます
境内ではかき氷のお接待がありました
持仏堂ではホウロク灸 頭が冴えるそうです
■7/24       高野山と富山県へ                  
22日 キュウリ加持祈祷会の振替受付を終えると夕方、和歌山県へ向かいました。高野山納骨堂への参詣とお墓掃除が主目的です。来月はお盆であり、混み合う奥の院に来月伺う事が出来るか今から心配しております。23日お昼を高野山で昼食を済ませて帰路、色々な事を思い浮かべながら車を走らせていると、ふと、今回の設計をまかせている方の浮かぬ顔を思い出しました。何時も笑顔をで私に接する清○氏、。眼鏡の奥で何か私に告げることのできない不安があるような気がしてきました。コンビニに車を止めて清○氏に電話をすると工事の進捗や色々な事を私に話して下さいました。私も今までに色々なことがあり人の気持ちも、少しは判るつもりでいます。何となく私が心配していたことと、彼の心配していたことが重なり合った部分もあり急遽、和歌山から富山県へ向かうこととしました。

途中、暗くなり高山に宿泊、本日、高岡へ向かいお昼に色々と打ち合わせをしてきました。私は今から25年前から富山県とは大変縁が深くなりました。井波の宮大工さん、材木屋さん、仏師さん、鋳物屋さん、そして今回も高岡の鋳物屋さん。それぞれ大変素晴らしい技術を有する方ばかりとご縁を戴いて今日まで来ました。忘れもしない、加賀藩拝領大工「山崎竹由」師の言葉を今でも思い出します。「住職さん、職人を急がせることはダメです。しかし施主さんの言われる納期までに納めるのも職人の技術です」と。未だにその言葉が耳から離れません。今回の大変に難しい瑜祇塔の建設は、鉄骨屋さん、アルミ屋さん、屋根屋さん、空調屋さん、鋳物屋さん、それぞれ大変ご苦労をされております。こんな言い方をすると『さぞ、良さそうに言うのだろう』と思われる節を感じられるかも知れませんが、本当に技術と時間と勘所が相当に要求される仕事と私は思っています。先ほど夜の工事現場に立ち、屋根葺きの様子を見て参りました。四方に反り返り、軒が四隅にかけて絞り上げられ、挙げ句に四方に谷が出来ている屋根だけでも、面積こそ僅かですが労力は気の毒と思うほどに面倒な仕事をされていることは容易に想像できます。

鋳物屋さんは精魂込めてお仕事をされてはいましたが、とてもご本人、そして建設会社が言う納期にはとても間に合う様子は素人の私が見ても到底不可能なことは明らかでした。鉄骨も4週間も遅れて納入され、屋根も未だに葺き上がっていない。コストは建設スピードと比例すると思います。が、これから永代に渡りお寺のお山に聳える鋳物が粗末な物であってはなりません。鋳物屋さんには『無理のない納期を私に告げて下さい』と、今回私の無理を聞き届けて下さった社長さんに伝え、同時に建設会社へも「末代の建物を本人が約束したとは言え、猶予のない仕事では困る」とお寺の財産としての価値の毀損が生じないことを伝えて夕刻、お寺に戻りました。クタクタですが元気です。
8月23日から取り付け工事開始予定です

■7/16       海上保安庁長官表彰受彰                  
私が39歳の時に第四管区海上保安本部長さんより海上保安友の会の理事就任を要請されて今年で18年になりました。本年5月頃に受賞応諾の問い合わせがありました。本日海の祈念式典にて表彰を受けました。式典前に理事会が行われ事業報告とうがあり、懇親会となりました、昔なじみの理事の方と本部長を交えて近年の周辺諸海域でのご苦労や、想定外の活動等、大変な事を伺い海事警備の大変さが大変よく分かりました。私は授彰式後、予定があり直ぐに辞去をさせて頂きましたがホール一杯の人がいる中をコソコソと出てくるのは大変勇気が要りました。
私の机の新たな住民が一人増えました。
■7/15        暑いと熱い
1日、本当に忙しくしておりました。この度、お寺の寺院内ネットワークを無線LAN化しましたがダウンロードが遅すぎ一人ブツブツ言っております。スピードを求める私はイライラします。熱いです。他にも私の安請け合いで人に迷惑を掛けてしまいました。人寄せを何とかして欲しいと或る所から頼まれ、「ショッシャ、よっしゃ」で「大丈夫かも知れん」と安請け合いをして昨夜「大丈夫でしょうか?」っと確認の電話が入った。すっかり忘れていた私は彼方此方に無理を言ってその講演会に行って頂きました。暑い最中に私は行かずに10名ほどの方に、無理を言って時ならぬ「さくら」になって貰いました。行って頂いた方には本当に申し訳なく暑い思いをしました。

その時刻私はと或る法事の宴席に招かれ元気の良いお婆さんと話が盛り上がりました。隣の長男が「この婆さん、物忘れが酷いと言っているが、それを覚えていること自体『物忘れが酷い』は通じん話だぞ」と茶々を入れると一同大爆笑であった。私も笑いながら私の犠牲になって「講演会のさくら」になって貰って人達のことを思うとまたまた、暑い思いをしました。

来客や、電話、問い合わせ、お盆の棚経、きゅうり加持の準備、書類整理・・・・・恐ろしいほどの仕事が机の上に山積みになっている。寝食忘れてと言うが寝食を忘れたら倒れるし・・・進退窮まった私の毎日です。でも、大変に充実しています。惜しむらくはあと十年、若かったらと母親の言葉がつい愚痴になって口から出てしまいます。ではお休みなさい。
■7/14       蒸し暑い                  
10日高野山高徳院奥の院納骨堂へ参詣をさせて頂きました。先月は高野山へ添乗はしても宿泊も墓地もお参り出来ない日帰り参詣。今月初めての高野山参詣をさせて頂いた。奥の院御廟の前では耳栓をして静かに瞑目し読経をさせて頂きました。加えて密厳院撥露懺悔文を唱え五省を繰り返し読み上げ「成せばなる なさねばならぬ 何事も なさぬは おのが成さぬなりけり」を唱え心晴れ晴れと奥の院をあとにしました。大変清々しい心持ちは足取りも軽くなり、見上げれば太古の杉の巨木に囲まれた紺碧の天空はどこまでも蒼く、真白き雲がポカリと浮かぶ何時にない奥の院の参詣でした。帰路、京都の仏具屋さんに立ち寄り瑜祇塔内仏具で必要な品々を見学し天蓋という仏具を発注しました。

帰り道、三重県亀山付近で徳島県薬王寺様に時のご挨拶を思い立ち再度、新名神を徳島に取りその夜は徳島にて宿泊をしました。翌日は雨模様となってしまいましたが無事、薬王寺様をお邪魔することができました。薬王寺様には公私にわたり色々と面倒なことや、様々なお手配を頂き恐縮至極、本当に感謝に堪えません。私は今までに様々なお人に助けて頂き今日があると感謝しておりますが、本当に深甚なるお心配りを戴いた事に終生、応えて行かなくてはならないと思っています。その為にも、立派に瑜祇塔を竣工させてそのご恩に報いる所存です。今日は葬儀もありまた、永代供養塔の事務処理の完成も終えましたので、明日より順次受付ができる体制が整いました。お盆もあり、きゅうり加持も目前に迫り、様々な事柄が毎日、押し寄せておりますが、今までの多くの方々のお陰を感謝し努力する所存でおります。今から仕事と思っていましたが・・・疲れましたので本日は之にてお休みです。失礼します。
■7/8      
本日は予定の多い1日でした。午後よりは名古屋にてご法事の会食会にお招きを頂き楽しく過ごさせて頂きました。午前中も予定多き1日でした。今夜はお通夜もあります。お寺の評議委員をされていた方でお世話人を長らく受けていただいた方でもありました。ご一緒に沖縄、北海道、鳴門や蓼科等へも世話人会の旅行で出かけとても仲の良かった方でありました。最近、突然に元気でおられる方が亡くなり私自身も、大変な寂しさを感じます。一緒に会食したり、世話人さん同士でダンスを踊ってカラオケをしたことを昨日の如くに思い出されてなりません。ありがとうございました。

そのお世話人さんのお一人が先日、お家の中の廊下で横になっておられました。私は用があってお訪ねしたのですが・・・早速に近所の世話人さんと連携を取って救急車を呼び大学病院へ搬送させていただきました。本当に不幸中の幸いで後遺症もなく元気にベッドの上で笑顔で応えて下さっているという、これまた世話人さんからのお見舞いの報告で、目頭が熱くなる思いで様子をうかがいました。誰しも終末はあるものですが100歳まで元気で過ごして欲しいです。

最近歯を削り、応急の被せ歯をしておりますが時々取れてしまいます。ご飯を食べながら「バリ、ガリガリ」と音がしたら歯の砕けた音です。私は噛む力が人の数倍もあるみたいで、口腔内に骨の突起が3箇所有ると言われました。歯医者さんからは「四六時中、歯を食いしばっている証拠ですよ」と言われています。自覚は全くありませんが・・・・世間中、歯を食いしばっている中、私だけがぼんやりはできません。生きている内だけは何とかお寺のために、お世話頂くお寺の役員さん方にも感謝の気持ちで一生懸命歯を食いしばるつもりです。
■7/3 豪雨                   
一時凄い雨が降りました。丁度大雨の頃、私は枕経へ出かけて車に乗って「酷い雨だな〜」くらいにしか思っていませんでしたが・・・・お寺の擁壁から雨が飛び出していると電話がお寺にかかっていました。20年前の心ない業者の工事の置き土産に、未だに悩まされ続けています。お寺の環境班、瑜祇塔工事業者さんが早速に現地を見て対策を講じて下さって戴いて明日を迎える手筈になっています。朝より、検診のため午前中お寺を空け、帰宅と同時に枕経へ出向き、お電話の対応を為し、午後からは色々と予定があり気の休まらない一日でした。
■7/1       色々と悩む一日            
昨日、富山県高岡市へ向かい出来上がってきた7.4mの部分の相輪を見学してきました。ロクロに掛けてピカピカに光っていました。これから色を塗るそうである。金箔を貼るお寺もあると言うが私は四国23番薬王寺様の様な風合いを出して欲しいと鋳物会社へお願いをして帰りました。

お寺へ帰ると屋根の形が出来上がってきて傘のようになってきました。工事現場の架設まで上がると目の前には形の整えられた三次元の屋根の輪郭が空に浮いているようでした。鉄骨の仕事が大変と言っていましたが、ボルト締めする位置が少しでも違っていると大変。全てが狂ってくる。加えて曲線が入り交じって総合的に屋根自体が絞られ、反られ、四方へまとまらないと全くバランスの悪い出来映えになってしまう。鉄骨屋さんの大変ご苦労されたあとが、素人の私にもよく分かりました。大型クレーンで空中に舞い上がり鳶さんによってガッチリと固定される瑜祇塔の屋根。その上に収まる相輪。無事の竣工を望むばかりです。
塗装を待つ相輪
本体の土台部分「露盤」には私の思いを鋳込みました
為 先師 智勝(私の父)住職33回忌
為 中興諦応大僧正 也
平成24年10月28日13夜 落慶焉
中興6世 博英 58歳 五省の誓い、父母恩に謝す

ロクロ磨きを待つその他の相輪パーツ
鉄骨が宙に舞います
遠望した様子
櫓のような上には相輪7.4mが載ります
下の□の上に相輪5.4mが載ります